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こんにちは、はらいかわてつやです。

あなたは、「努力」という言葉は好きですか?もしかするとあなたも、私と同じように「本当は嫌い」だと答えるのではないでしょうか?

誰でも、好き好んで努力や苦労なんてしたくはありません。出来れば自分のしたい事だけをして、楽に生きたいと考えるのは、人間であればどのような人でも持っている、理想の1つでしょう。

しかし、「努力」という言葉は他人から言われると、とても気持ちの良くなる褒め言葉に聞こえるものです。「あなたは努力家ですね」と誰かに言われた事に、快感を覚えたという経験は、あなたにも何度かあるかもしれません。

自分は朝から晩まで好きな事ばかりに打ち込んでいるのに、周囲からは努力しているように見えるというのは、人間の最高の人生の送り方です。あなたもそのような極楽の人生を送ってみたいと、いつも夢見ている事でしょう。

しかし、もしもそのようにあなたが送っていると、必ずと言って良い程に、あなたに対して横やりを入れてくる人達が現れます。

それは、好きな事だけを打ち込んでいるあなたに対して、「そんな風に好きな事ばかりやっていると、そのうち罰が当たって大変な事になるぞ?」等と言って、あなたの生き方を否定してくる人達です。

「人間は楽をした分だけ苦労しないといけない」、「嫌な事は好きな事よりもしないといけない」と、楽をしている人を見つける度に、彼や彼女は横やりを入れては、相手に「嫌な事ばかりしろ」と強要してきます。

何故、そのような事を相手はしてくるのでしょうか?

彼や彼女は、嫌いな事をいつもして、我慢し続けている人生を送っている、「自称・真の努力家」なのです。ですので、努力をせずに好きな事だけをしている人を許せないと感じて嫉妬してしまうせいで、そのような事をしてくるのです。

しかし、よく考えてみてください。罰が当たってしまうのは、相手が言っているように「楽をしている人」なのでしょうか?

答えは、実は真逆なのです。むしろ「自称・真の努力家」達こそが、罰を受けているのです。

しかも、罰を、相手は毎日のように受けているのです。

嫌いな事をするという事は、「罰を受ける」事と何も変わりません。したくも無い事を嫌々に無理にする事こそが、彼や彼女の言っている「罰が当たる」という事ではないでしょうか?

好きな事を出来るだけ沢山しましょう。そして、嫌な事は出来るだけせずに、楽に生きてみましょう。

もしも「そんな風に好きな事ばかりやっていると、そのうち罰が当たって大変な事になるぞ?」と「自称・努力家」の人に言われた時には、「嫌いな事を我慢している人生は、毎日罰が当たっているのではないですか?」と返して、その場から立ち去ってしまいましょう。

どうせ罰が当たるのでしたら、好きな事を沢山した後に当たってしまった方がずっと良いです。その方が、あなたは清々しい気持ちで人生を満足して送る事が出来るのです。

ご参考までに。


はらいかわてつや

リッチマンからの贈り物